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2010/05/10

半島へ、ふたたび/蓮池 薫・著 読んだ

どんな苦境にあっても負けない生き方

この「半島へ、ふたたび」を読んで一番良かったのは、自分が見ていた韓国が、より立体的に、より奥行きをもって見られるようになったことです shine

本の前半は、蓮池さんが始めていった韓国のことが書かれていました。

そこには、私の行ったことがある場所がいくつか出てきて、その場所についての蓮池さんの思いを読んでいると、いつも、ただ通過していただけの道や、いつもボンヤリと見ていただけの場所に、いろいろな意味があったことを知ったのです。

朝鮮半島で有名な詩人の名前がつけられた道路や、ホテルから見た景色、どれも蓮池さんの目から見た韓国はイキイキとしていました。

私も、もっと一つ一つの道や場所に関心を持たないといけないなぁと思うと同時に、もっともっと韓国に行きたくなりました。


後半は、翻訳家として生活していくまでが書かれています。

この「半島へ、ふたたび」を読んでいて、とても文章が読みやすいので、相当、本を読むのが好きなんだろうなぁなんて、勝手に想像したのですが、そうではなく、蓮池さん自身は、読書好きというタイプではないよう。

それが、またびっくりしました。

で、私は、この「半島へ、ふたたび」に出てくる「私たちの幸せな時間 」は、映画を見たときに原作に興味を持って原作本を買ったにも関わらず、まだ読んでいなかったことを思い出し、今、本棚の奥から引っ張り出して読んでいるところです。

この「半島へ、ふたたび」についても、原作者である、コン・ジヨンさんのことがとても魅力的に描かれていたので、原作者の人間性と、本の内容が交錯してとても面白く読ませていただいています。

さらに、この「半島へ、ふたたび」を読んで勇気付けられたのは、20代、30代という、「最も遊びたい時期」に拉致され、北朝鮮で生きていかなければいけなかった蓮池さんですが、そんな時期を「人生にチャレンジする機会を与えられた時期」と捉えて、前向きに生きていることでした。

時には、北朝鮮への怒りや恨みも出てくるけれど、それでも、次の瞬間には、前向きな蓮池さんに戻っている。

そんな蓮池さんの行き方を見て、私はなんてちっぽけなことでクヨクヨしているんだろうって思うんですよね。

仕事で失敗したって、人の言うことに傷ついたって、ご飯をお腹イッパイ食べられて、見たいテレビも見ることが出来るし、こうしてパソコンに向かって好き勝手なことを言うことだってできる。

そんな「好き勝手できる自由」がどれだけありがたく、大切なことかを思い知りました。

最近、韓国映画「クロッシング」が公開中ですが、この脱北者の悲しさを描いた映画も、この「半島へ、ふたたび」と合わせて見ると、北朝鮮の非道さをつくづくと感じます。


この非人道的な国の実情に、世界中のもっと多くの人が気づくことを願います。

5月 10, 2010 読書 |

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