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2007/05/22

殺人の門 /東野 圭吾 著

世間では、「あの子は優等生だったのに」「あの人は普通の人だったのに」と言われる人が毎日のように殺人事件を起こしています。

では、その“普通の人”とは一体何なのか?

その人がその殺人に至るまでの出来事は一言では語れないのではないか・・。

そんなお話です。

主人公は田島といいます。

父は歯科医だったため、裕福な少年時代を過ごします。

しかし、彼が成長するにつれ、周りで不幸が起きます。
祖母の死、父と母の離婚、一家離散・・・。

その節目節目で彼に影響を与える同級生がいます。
影響と言っても、良い影響はほとんどなく、悪い影響ばかりなのが問題なのです。
彼の名は倉持といい、小学生の時からの友人です。

ここでは、田島が成長していく様が描かれています。

読み始めは、読み進めるのが嫌になるぐらい暗かったのです。

あぁ暗いなぁ・・と思いつつも、田島の不幸の不幸の行く末が気になってしまう。
人の“縁”に良縁があれば、悪縁もあるわけで、田島にとって倉持という幼なじみは、悪縁であり、疫病神。
「悪縁を断ち切って、一から出直せよ」と思いながら読み進めていました。

大人になってからも田島の不幸は続くのですが、その裏には常に倉持がおり、田島自身、そのことに気付きつつも倉持を切り捨てることができないのです。
第三者として読み進めていると、「あぁなんで切れないんだ」「ばかだなぁ」と思ってしまうのですが、田島の中には倉持を捨てきれない深い理由があるように思えるのです。

その理由こそが、この東野圭吾の構成の上手さなのですが、田島の家族は幼い頃に一家離散していて、家族の温かみを知らない。
そんな田島にとって、幼い頃から知っている倉持という人間は家族も同然なのです。

それゆえに、田島からすると近親憎悪のような感情が倉持に対してあり、切り捨てようにも切り捨てられない深い縁があるのです。

もちろん、田島自身にも問題があります。
田島という人は、非常に他人に影響されやすいという一面を持っています。
噂話に一喜一憂し、口のうまい倉持が語るおいしい話に耳を傾け、優しくしてくれる女性の本質を見ようとしない。
心の中は隙だらけだからこそ、疫病神ような人間につけこまれてしまうのです。

でも、誰だってそんな一面があるじゃないですか。
つまり、田島という人間は、特別な人間ではなく、普通の小市民なのです。

そんな田島が、ラストに“衝動的に殺意を抱く”のですが、彼が“普通の人”だからこそ、その気持ちを察することができるような気がします。

きっと、実際にこの本に描かれているような事件が起きれば、
「無職青年、友人を殺害」
「加害者は近所でも特に目立たない存在」
「幼い頃に一家離散したことが精神面に影響か・・」
なんて分析されることでしょう。
確かにそれも事件のリアルな一面かもしれないけれど、その本質はもっと深い・・

「殺人の門」は意外と身近にあるのかもしれません・・・。

その“普通の人が抱く殺意”の結末が知りたい人にはオススメです。

5月 22, 2007 読書 |

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